新宿西口国際特許事務所の弁理士うめざわブログ

新宿西口で特許出願・商標登録を代理する弁理士による、特許事務所業界と弁理士試験のブログ

弁理士にとって成功とは

受験生にとっては合格発表が済んでさあこれからという時期、
それ以外の人にとっても夏が過ぎてさあ仕事という時期に
それぞれのことに励みつつ、何となく気晴らしに何かを読みたいと
いうニーズが高まっているのか、あちこちのブログのpvが
上がっている風です。このブログも例外ではなさそうです。

そんな中、そんなでかい口叩くなら成功してからにしろとか
難癖をアクセス欄でつけられてしまいましたが、
そういえば弁理士にとって成功って何なんでしょうねと
いうことをちょっと思ったのでテーマにしてみました。

その人は成功=大手事務所の所長と思っているようですが、
そんなこっちは忘れてしまったようなステレオタイプな見方をする
部外者の短絡的過ぎる視点に逆に新鮮さを感じました。
そもそもここは自分の場所なんだから社会ルールに反してなければ
何書いてもいいに決まってるだろというとこも含めて
あんな短い文章の中で突っ込みどころ満載なんですが
まあせっかくなので題材にしてみます。

思い切り突き放したこというと、自分が納得してれば
成功でいいんじゃないですかねということなんですが、
それだと不親切すぎてしまいますね。

弁理士キャリアプラン」とかブログで題材にされたりしますが、
ぶっちゃけ同じ仕事してても、上司がむかついたり、
思うようにやれなかったりするとストレスフルだし、
逆にすべてがスムーズだとある意味思い通りと言えますよね。
自分の環境の快適さとキャリアとしての順調さって直接的に
結びつかないことも多かったりするんじゃないでしょうか。
残業の長さをとっても、やらされているのと
自分が求めてやっているのとでは全然感覚が違いますしね。

そうなるとぶっちゃけ銭だよということになりますが、
世の中そこまでお金を必要としている人と、そこまででもない人といます。
もらうものが多ければ納得はするでしょうが、
それが自分の求めているものかというと違うという人も多いでしょう。

それじゃ地位かとなりますが、人の上に立ちたい人と
そうでない人がいますよね。組織が大きくなってそれで上に立つと
実務からはどんどん離れていきますし、それは自分にとって
納得することなの?という見方は決して少数派ではないと思います。
人間が増えればその分遠心力も増すから、上に立っても思うように
ならないことも多いと思います。
上に立って思うようにやろうという人に人は付いていかないと思います。
ただでさえ人の出入りの激しい業界ですし。

まあ世間的に成功者を短絡化すると、出世して大金稼いでいる人ですよね。
良かったですねと思いますが、そのためには苦労もする、
相応の博打を打たなければならない局面も出てきます。
でも実際はお気楽にナイスな人生を歩みたい人も多いですよね。
いわゆる成功者みたいになりたいと言いつつ、
実際はそっちを志向している人も多いように私は感じます。

そんな中、雇われ人生をどう思うかということです。
ある程度自由が利いて快適な環境にいられるなら
それで十分ではないかと思います。
成功者にならんがために変に犠牲を払うなら、
自分はほどほどの人生でいいっすという人は多いですよね。

私自身は弁理士という資格を知り、青本を初めて手にとって読んだ頃、
自分はこの資格を取って独立するんだと思っていました。
けどそれは当時の職場環境の厳しさとかにも起因したもので、
何より自由を求めていたんですね。
けどそこで知り合った開業弁理士の人との付き合いの中で、
それはそれで別の大変さがあるのを知ったのと、
その後経験した職場ではその頃の職場よりも過ごしやすかった
ことも含めてどっちがいいのか分からなくなった時期もありました。
勤めでも案外自由を確保することって出来たりするんですよね。

ただですね、自分にとって自由で裁量権が与えられているように
思っても、所詮自分のものではないんだなという時期が来てしまうんですね。
雇われで納得して働いていても、どこかで頭打ちの局面が見えてきてしまう。
そこでそんなもんかと思って受け入れるのも人生だし、
やっぱり新しい局面を目指すかというのも人生で、
自分は後者を選ぶことにしました。

会社の中で自己実現が出来るならそれは成功してるんじゃないかと思います。
大手事務所の所長なら成功者で、でも副所長なら成功者じゃない
というのも線引きとしてはなんか疑問です。
一方で副所長クラスが独立して自分の事務所を開設なんて珍しくなく、
どこをもって納得できる水準というかなんて分かりません。
トップに立っても資金繰りに悩むようだと何のためだかわかんないですね。
組織が大きけりゃいいかと言っても揉め事は組織の大小問わずあります。

隣の畑は良く見えますし、「成功者」ってのはおそらく隣の畑に
あるものなのでしょう。ありふれてたら成功しているように見えないですね。
だってみんな苦労はしてますから。

結論がわかんねーよとかなりそうですが、そんな風だから
自分が納得してればいいんじゃないの?ってことなんです自分としては。
「成功」のステレオタイプを短絡化することは可能ですが、
それをよしとするような単純な時代でもないですしね。

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